リーアム・リンチ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
リーアム・リンチ(Liam Lynch, 1893年11月9日 - 1923年4月10日)はアイルランド内戦におけるIRA指導者の一人。 リンチはリメリック州Barnagurrahaで生まれた。1910年17歳になるとコーク州ミッチェルズタウンで仕事につき働いた。この町でゲール語連盟に加盟している。1916年のイースター蜂起後の混乱の中で、王立アイルランド警察隊(Royal Irish Constabulary)が市民を殺害するのを目撃している。彼はコーク州の義勇兵を組織し、アイルランド独立戦争ではコーク第二旅団を率いて戦った。イギリス軍の将軍を捕虜とするなどの戦功をあげ、IRAの第一南師団師団長に任命されている。彼はIRAの軍事指導者の一人であり、戦後の英愛条約に反対していた。1922年にはIRA中の反条約派の参謀長に就き、内戦が勃発するとリメリック攻撃などを指揮した。 リンチは1923年4月10日にティペラリー州の山地で重傷を負い死亡した。1935年にはその地に記念碑が設けられている。
カテゴリ: アイルランドの政治家 | 1893年生 | 1923年没
Boggle